Jan 26, 2006

シャンパンの用途

「実はシャンパンがあるんだよ」と彼は真剣な顔つきで言った。「フランスから持って帰ってきた上物なんだけど、飲まないか?」
「どこかの女の子用なんだろ?」
 彼は冷えたシャンパンの瓶と新しいグラスをふたつテーブルの上に置いた。
「知らないのかい?」と彼は言った。「シャンパンには用途なんてない。栓を抜くべき時があるだけさ」
「なるほど」
 僕たちは栓を抜いた。
村上春樹 「ニューヨーク炭坑の悲劇」

 なるほど。
 久しぶりに名言だなと思った。そうかもしれない。実は我々が日常知らず知らずのうちに定義付けている「用途」などは、大人の思惑に 或いは歴史の雄弁さにガッチリ囲まれ唆されただけのものではないか。本当はそんなものはなく、あるのはその物を使うべき「時」のみなのだ。抗うことのでき ない時の流れの中で、しかるべき際に用いることこそが物を使うことの唯一の意味であり、時宜にかなった使用結果をもって初めて用途と呼ばれる例示が可能と なるだけにすぎない。これを順を逆にして、あてがわれた用途に則って物を使うに止まるのであっては、奴隷丸出しである。

 物がそこにある。その物をしかるべき時に使用するのだ。腐心するのは使い方ではなく、使う時でありその捉え方である。
 用途などといった取って付けた概念などはどうでもよく、有形のものとして物がそこにあるのである。それは手で触れ目で見ることができるものなのである。今そこに実在するその物を、いつ使うのか、そればかりをヾ(℃゜)ハテサテと思い悩むのもまた悪くないような気がする。

  確かに現実には隷従することもあるし、奴隷をやっている時間の方が長かったりもする。なにしろ「現実」であるから。しかし、己の精神くらい自由であったっ ていいじゃないか。一人で部屋にいるときくらい、ハサミの持ち手の大小の穴から、過去と未来をのぞき見たっていいじゃないか。

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