Feb 21, 2006

春風のようにたおやかな人

 今しがた夕食の際に、録画しておいた1月7日放送の「美の巨人たち」を観たのですが、福田平八郎のとても味わい深い言葉がありましたので、ここで紹介しておきます。

駄目だ
到底人間の力では
自然のあらゆる部分など
見極め得るものでは
ありはしない
ぼんやりとした
分からない部分もあるのが
それが本当の人間の見た
自然のはずだ

すべて見えていると
思い上がった僭越な態度を
先ず改めなければいけない

私は素直になろう

     〜福田平八郎〜

Feb 13, 2006

相場のハナシ (参)

 相場に関して最たる真実であると思うので、何度も言いますが、
相場はわからない
のです。相場が相場たりうるのは、「わからない」からです。強いとわかるなら、誰も売らないので誰も買えない。弱いとわかるなら、誰も買わないので誰も売れない。(ストップ安比例配分が続いてたLDの状態。でも比例配分があるということは、誰かは弱いと思っていない。)でも、通常は刻々と売買は成立しています。これつまり、わからないもんだからその瞬間瞬間における銘々の考えが異なってきているからに他なりません。
 今ではリアルタイム株価といって、個人でも刻々と変化していく株価を見ることができますが、そこに表示されている値は1秒前の過去ものでして、1秒後の今の株価が上か下かなどはやっぱりわからないのです。だから、「俺だけはわかる!」なんて、口に出すのはおろかこっそり思ってるだけでもかなり恥ずいことなのです。分割せずに一発ドカンと張るのは、実は「俺だけはわかった!」って暗に思っているのです。その方法は相場では割が悪いので、一発必中でいくなら競馬の方がよほどいいです。相場には、万馬券のように利益率10000%などありませんから。

 この「わからない」という真実は、その判断対象とするスパンが短いほど大きくなると思われます。どんな凄まじい「下げ相場」の真っ只中であっても、上がる瞬間はある。だが、そんなもの捉えられるわけがない。しかし、前者の「下げ相場」という言葉は、わからないことだらけの相場を語る言葉の中でも、かなりの確実性をもって使われる言葉であり、実際にその蓋然性は高いものであります。そのスパンが3ヶ月なのか半年なのかはいろいろですが、いずれにしても今日や明日などではないことは確かです。ここに最も易しい相場のヤリ方があるように思います。このかなり確実性の高い波に乗ればいいのです。「下げ相場」だとの判断だけに注力し、よし!と売り建てたら、しばらく放っておけばいいのです。
 「下げ相場」だとの判断ができなくて、迷っている間に天井らしかったところからもう100円も下げてしまった( ̄O ̄;) それでもいいのです、売りましょう。そしてひと月も経てば、何度も何度も見てきたチャートと同じように、今回もその大きなうねりが形成されつつあるはずです。気づけば、少し利益も出ていますからドキドキしてきて、さらにはそれが負担にもなってきますヾ(;´▽`A`` そうこうしているうちに、底らしき形がチャートに現れすでにそこから50円も上がってしまっている( ̄O ̄;) やっと楽になれる時です、買いましょう。これで300円幅のうちの150円が取れるのです。こんなの成功じゃないというのは、欲張りすぎです。これができて、「やった♪」と言えないと、いつまでも理想だけが先行してしまい、ちっとも上手くならないものです。
 だから、極論すれば、銘柄なんてなんでもいいんです。ただ、2年分くらいの日足を見たときに、こういう長期的な「下げ(上げ)相場」だと断言できる形がよく現れている銘柄であれば。
 もともと、真暗闇の中の岐路で右か左どちらかに歩めと言われているのです。勘でも1/2で当たりますよ。でもやっぱそれは怖いじゃないですか。だから、薄明かりでも長期的な「○○相場」というトレンドを利用して、かつそんな決断の回数は少ない方がいいに決まってるので小さなうねりまで細かく取ろうとせずに、やってみようという話です。

 もちろん相場の世界は奥深く、いろんなヤリ方があります。俺がここで書いてきた方法も、そのうちの一つでしかありません。世の中にはわからない値動きをジッと睨みつけながらもしっかり利益を上げる強者もいらっしゃいます。ただ俺は、上記方法がおそらく最も簡単かつ時間的制約が少ないのではないかと思うので実践しています。平日の日中には、他にやる事・やりたい事が山ほどあるもんでしょう。

 長々書きました。話をわかり易くするために、かなり単純化かつ絞って書きましたが、およそこんな感じです。このような内容でも、どなた様かの何かしらの参考になれば幸いです。変な業界用語は辞書を引いてみて下さい。
 相場は習うより慣れろなので、難しいことをいろいろ考えるより、とりあえず出てみるに限ります。しょせん上か下かしかないのですから、出鱈目に出たって1/2で儲かりますから(⌒▽⌒)
 ちなみに、現在俺は双日(2768)を(1-,1-,1-)の三分割で売り建てています。これは今年に入ってチャートを見る度に、『双日は1月5日以降ぐぐっと下げているから、この辺りからきっと「下げ相場」なんだろうな。そうだ、きっとそうだ。。。でも、迷う。』と迷いながら、1月末になってようやく決心し、まぁ丁度ぐぐぐっと値を戻してきていたのでこれ幸いとばかりに一つずつ売りました。
(終わり)

Feb 12, 2006

相場のハナシ (弐)

 俺の近くにも下手くそがいますが(身内なので遠慮なしですが)、出来もしないのに上げ相場の中でも押しが入るとその押しの小さなうねりまで取ろうとしています。当然ながら上手くいくわけがないので、四日下げて六日で戻したとすると、二週間経過したその時には手数料を払ってまで利益を減らしたというのがお決まりです(「減らした」だけならいい方です)。まさに底から天井まで、小さなうねりまで、全て取らないと気がすまないのです。
 ここんとこもう少し丁寧に説明すると、上げ相場で日々株価が上がってきているさなか、押し目が入ったとわかるのは、早くても一日下げてからです。しかもその一日のみで、それが後数日は続く押し目だと判断するのはかなり難しく、できるときは大抵しっかり押した時です。しかしそれでも、上げ相場だとふんでやっているのに、たった一日の下げで持ち株を売り払うのは相当難しいことです。もし(偶然にも)一日の下げから押し目だと判断し、さらに勇気までふりしぼって二日目に売れたとしても、次は一体いつ買いなおすのでしょう。翌日?その次?これまた押し目が何日で終わるかをピタリ「当てる」のは相当難しいです。もしもし、四日で終わると「閃いて」五日目に買いなおせたとしましょう。ではその時点で、往復分の手数料も引いて、売り払う前と比べ一体いくら程の利益が増えたというのか。これやってみたらわかりますが、上手くできても、これから取ろうとしている大きなうねりからすると、物凄く少ないです。ましてや、売りと買い2回もピタリと売買しなければならないのですよ!間違いなくリターンよりリスクの方が大きいです。疲れるだけ損ですから、止めましょう。その間一本でも映画観たほうが人生有益です。

 これはおそらくチャートの功罪ではないかと思います。相場をやる者だれしもチャートを見れば天と底に目がいくものです。妄想もします。「テッペンのココで売って、タニゾコのココで買えればなぁ」ポワ~ンと。これはしょうがない。しかしそれは過去のことであるということを忘れてはいけません。その時はそこが底だとはわからなかったのです。書いててあほらしくなりますが、そうなんです。競馬をやる人よりも、相場をやる人の方がここんところの勘違いが激しい気がします。底で買えた人は、底だとわかって買ったわけではなく、買ったらたまたま底だったのです。そんなことは狙ってできることではなく、「何度も何度も狙ってやってみたら当たることもある」、その程度です。そんなことではコンスタントな利益は到底望めません。またもう一つ重要なのは、上手くなれば天井で売って底で買えるのかというと、そういうことも絶対ありません。そりゃ、底として値がついている以上、誰かがそこで買っているのですが、別にそれは上手い人でもなければ、いつも同じ人でもありません。
 ここで断っておきますが、俺がこういうことを思わないわけではありません。思います、物凄く。でも、いやいや!と自制しているだけです。俺が不等分割ではなく等分割でやっているのも、まだこの天・底を「当てよう」という意識を払拭し切れていないからだと思います。

 実現可能性のないことを目指して努力してもしょうがないのです。

 コンピュータの専門化が、膨大な統計をとったことがある。天井の一点(いちばん高値)を捉えられる統計的確率は、1/15,000,000だそうである。 (林輝太郎 「株式上達セミナー」 同友館)

 というわけで、単純に天・底どちらも当たる確率は、1/225,000,000,000,000 (あってる?)なので、こりゃもう「得べかりし」利益ですらないのです。
(続く)

Feb 11, 2006

相場のハナシ (壱)

 割と真剣に、相場をやります。モットーもポリシーもルールもあります。でもあえて他人に語るようなことはありませんでした。というのも、俺の相場はただ林先生の本を読んで、理解し、実行しているだけですから、俺の言葉より林先生の本を読んでもらった方がずっと「正しい」と思うからです。
 そう思っていたので、「株おせぇて」と言われても、真面目にやりたいと思っている人にほど「林輝太郎という人の本を読めば」と言ってきました。でも、どうやら人によっては林先生の本はかなり読みにくいらしく(そう、思う)、また少しは俺自身の言葉で語れることもできたかと思うので、ここで少しばかり書いてみます。まずは、少し長いですが、次の文章を読んでみて下さい。(ちなみに、この引用も読みやすいようにと少々なおしてあります。そして、これは林先生の文章の中でもまだ読みやすい方です(-.-; )

 「今の動きはうねりの底をつけつつある、と判断して分割して5000株買った」とする。幸い見込みどおりに上げてきた。
 三ヶ月で、狙いすまして売った。だが、そのあとも上げ続けた。「しまった」と下級の投資家は言う。大成功なのになぜしまったと言うのか不思議でならない。
 今までは、何千万円という損をしたのだから、それは「しまった」なのであり、今回は十分に利益を得られたのだから、こんなよいことはないのにどうしてしまったと言うのか。それは得べかりし利益を逃したこと、と、もうこれ以上は上がらないと判断したのが誤りであった、ということをしまった、と言っているに違いない。
 底から天井まで取らないと気がすまないのだろう。しかし、上の例でも、分割で5000株買ったのだから、大底値(大底の一点)で買ったわけではない。なぜ、そのときは「しまった」と言わなかったのだろう。
 また、たとえば、
   三ヶ月で300円幅上がった
 その三ヶ月で300円幅のうち、株を持ったのは一ヶ月半だけ、そして利益は150円幅だったら、もう天にも昇るくらい喜ぶべきことなのに、売ってから少しでも高値があると「しまった」と言う、その「しまった」を言わないようにならなければ絶対に株式投資で成功する投資家にはなれない

 一ヶ月半で150円幅取れたが、あと上がったら、
 「よかった、よかった。しかし、天まで上がることはないだろう。
  これからどこで天井になるか見極めよう」
と、上げの勢いが弱まってくるのを待つ心の余裕があってこそ、下げを取れるはずである。
 (林輝太郎 「うねり取り入門」 同友館)

 むろん向上心を否定するわけではありませんが、実現可能性のない夢を真剣に語ることほど虚しいものはないのです。特に、目的はただ一点「金を儲けること」につきる相場に関しては。
(続く)