Apr 16, 2007

自己表現

 自己表現が精神の解放に寄与するという考えは迷信であり、好意的に言うとしても神話である。少なくとも文章による自己表現は誰の精神をも解放しない。もしそのような目的のために自己表現を志している方がおられるとしたら、それは止めた方がいい。自己表現は精神を細分化するだけであり、それはどこにも到達しない。もし何かに到達したような気分になったとすれば、それは錯覚である。人は書かずにいられないから書くのだ。書くこと自体には効用もないし、それに付随する救いもない。
村上春樹 「回転木馬のデッド・ヒート」

 これはわかるような気がする。俺も昔はよくしゃべった。まさに精神の解放という救いを求めて、大事そうな、意味のありそうなことをたくさんしゃべった。しかし、その結果は散々たるもので、何一つとして救われはしなかった。逆に多くのものを壊し失ったような気がする。
 ここでこのような文章を書いているのだから、今でもまましゃべるのかもしれない。しかし、自慰的な自己表現はしなくなった。